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広島地方裁判所 昭和46年(む)332号 決定 1971年8月27日

被疑者 逮捕番号六六号 外七名

決  定

(被疑者および申立人氏名略)

右被疑者に対する各威力業務妨害等被疑事件について、昭和四六年八月一七日広島簡易裁判所裁判官がなした勾留期間延長の裁判に対し、同月二四日申立人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告はこれを棄却する。

理由

本件準抗告の申立の趣旨および理由は、弁護人高井昭美作成名義の準抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一件記録によれば、弁護士高井昭美を弁護人に選任する旨の弁護人選任届と題する書面が捜査官に対し差し出されているところ、右書面にはいずれも弁護人弁護士高井昭美の署名押印を認め得るが、弁護人選任者の署名と認められる氏名の記載がなく、ただその選任者氏名欄に「逮捕番号66」のように別紙被疑者欄記載の各逮捕番号の符号文字が記載され指印が押捺されていることが明らかである。

さて、刑事訴訟法上作成される書類で、公務員以外の者が作るべき書類には、年月日を記載して署名押印(またはこれにかわる指印)しなければならないとされている(刑事訴訟規則六〇条、六一条)ので、弁護人選任書についてもその作成名義人である弁護人選任者がこれに署名、押印または指印しなければならない。もつとも、刑事訴訟規則一七条は、「公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第一審においてもその効力を有する。」と規定しているので、起訴前における弁護人選任は、公訴提起後におけるそれとは異なり、厳格な要式行為とされておらず、弁護人選任届に被疑者の署名がなくても有効であると解し得るようでもあるが、しかし、起訴前の弁護人選任はやはり第一審においても効力を有するような方式即ち被疑者と弁護人とが連署した書面を差し出す方式によつてなされなければならないものと解するものである(刑事訴訟法三二条一項、刑事訴訟規則一八条、一六五条二項前段等参照)。

ところで、前記書面は、これを被疑者の選任による弁護人選任書として作成されたものと認め得るのであるが、前記のとおり、弁護人選任者の署名と認められるような記載はなく、選任者氏名欄に記載の符号文字はもとより弁護人選任者の署名と見ることができない。しかも、被疑者の氏名については黙秘権がないと解され、本件において被疑者がその氏名を記載することができない合理的な理由を見出し得ないのであるから、被疑者の署名のない前記弁護人選任届によつてした弁護人の選任は無効であると解すべく、弁護士高井昭美を被疑者の弁護人でないといわざるを得ない。

結局、本件準抗告は、被疑者に対する弁護人としての資格を有しない者の権限に基づかない不適法な申立であるから、その余の点につき判断をするまでもなく、これを棄却すべく、刑事訴訟法四三二条四二六条一項により主文のとおり決定する。

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